べにばな (紅花) 

学名  Carthamus tinctorius
日本名  ベニバナ
科名(日本名)  キク科
  日本語別名  サフラワー、スエツムハナ(末摘花)、クレノアイ(呉藍)・クレナイ(紅)、ベニノハナ
漢名  紅花(コウカ,hónghuā)
科名(漢名)  菊(キク,jú)科
  漢語別名  紅藍花(コウランカ,honglanhua)、黃藍(コウラン,huanglan)、草紅花
英名  Safflower, Wild saffron
2007/03/04 薬用植物園 2007/04/06 同左
2007/05/03 同上
2005/06/04 薬用植物園

2006/06/22 薬用植物園
2008/07/21 薬用植物園
 ベニバナ属 Carthamus(紅花 hónghuā 屬)には、歐洲・北アフリカ・西&中央アジア・ヒマラヤに約20-45種がある。

  アレチベニバナ C. lanatus(毛紅花)
歐洲・北アフリカ・西&中央アジア・ヒマラヤ産
  C. oxyacantha
カフカス・イ西&中央アジア・ヒマラヤ産
  ベニバナ C. tinctorius(紅花) 
   
 キク科 Asteraceae(菊 jú 科)の植物については、キク科を見よ。
 和名ベニバナは、「染料の紅を採る花」。
 別名のクレナイは、「呉の藍」の意で、カラアイ(唐の藍)の対語
(なお、単にアイというものは蓼藍)
 スエツムハナは、茎の末のほうからさき始める花を、摘み取ることから。
 源順『倭名類聚抄』(ca.934)紅藍・呉藍に「和名久礼乃阿井」と、かつ紅花は「俗用之」と。
 小野蘭山『本草綱目啓蒙』11
(1806)に、「紅藍花 クレノアヰ和名鈔 クレナヰ スエツムハナ源氏物語 丹華和方書 ベニノハナ クレナヰノハナ雲州 ハナ仙台 紅花」と。
 英名は、アラビア語「黄色 safra」とイタリア語「花 fiore」から。
 仏名は safran bâtard。サフランを参照。
 属名は、アラビア語の「染める」に由来。
 現在自生地が確認されていない。原産地はアラビア或は小アジアからイラン、一説にエチオピアとする。
 中国には前漢の張騫が西域よりもたらしたと言う。
 日本には推古朝
(6世紀末・7世紀初)に渡来したと考えられてきた。しかし1989年、奈良県斑鳩町藤ノ木古墳(6世紀中葉)から ベニバナの花粉及びベニバナから作られたとみられる赤色染料が出土した。
 花瓣に、水に溶けない carthamin という紅色素と、水溶性の safflower yellow という黄色素を含む。
 花から紅の染料をとる。
 古くca.2500B.C.のエジプトのミイラを巻いた布帯から、検出された例がある。
 中国では、六朝(220-589)時代に利用法が完成し、『斉民要術』(6c.中葉)巻5「種紅藍花・梔子」に載る。基本的には、花を搗いて醗酵させ、水洗いして 水溶性の safflower yellow を洗い流し、酸を加えて carthamin を取る。
 近世の日本における方法は 以下の如し。半開きの花瓣を摘み、水洗いしてから 手や足で揉んで醗酵させ、臼で搗き、これを乾燥させたものを 花餅という。これを水に溶いて 水溶性の黄色素を洗い流し、灰汁を入れて紅色素を抽出する。この褐色の抽出液に、烏梅の酸を加えて紅色を発色させ、染め汁とする。これを
(くれない)という。これに石膏を加えて顔料化したものは、口紅に用いられた。
 摘んだ花柄を陰干ししたものを紅花(コウカ,honghua)・草紅花・紅藍花といい、薬用にする。『中薬志Ⅲ』pp.317-318
 日本では、生薬コウカは ベニバナの管状花をそのまま又は黄色色素の大部分を除いたもので、ときに圧搾して板状としたものである(第十八改正日本薬局方)。

 種子から採る紅花油 safflower oil は、上等の食用油。紅花油を燃した煤から作る墨は紅花墨と呼ばれる。油粕は有益な飼料。また茎・葉を食用にする。
 中国では、前漢の武帝(B.C.140-B.C.87)が匈奴を討ち、祁連(キレン)山と閼氏(エンシ,yanzhi)山を奪ったとき、匈奴は「我が祁連山を失い、我が六畜をして繁息せざらしむ。我が閼氏山を失い、我が婦女をして顔色無からしむ」と嘆いたという(古楽府)。つまり、匈奴たちは閼氏山の麓でベニバナを栽培し、その花から烟肢(エンシ,yanzhi,えんじ)を作り、婦人の顔色(化粧)に用いていた。匈奴がその皇后を閼氏と呼ぶのは、その愛らしさが烟肢のようだからだ、という。
 ベニバナを用いる化粧は3世紀ごろから中国に入り、化粧料を桃花粉と言い、化粧法を桃花粧と言った。唐代には、西域からの進貢品を臙脂(エンシ, yanzhi,えんじ)と呼び、珍重した。
 臙脂(エンジ)は、むかし用いられた赤色系の染料の名、およびその色名。
 匈奴の言葉に由来し、中国では臙脂・燕支・燕脂・焉支・胭支など
(いずれもエンシ,yanzhi,えんじ)と音写し、それを日本では烟子・烟紫とも書く。
 その実体として、次の3種類が想定されている。
 1.ベニバナの赤色素から作るもの。
 2.紫鉱。インド・東南アジアに分布するラックカイガラムシ Coccus lacca(紫膠虫)の雌が分泌する、樹脂様の赤紫色の物質。正倉院に実物がある。
 3.コチニール cochineal。中南米のサボテンに寄生するコチニールカイガラムシ Coccus cacti(臙脂虫)を干して作る。カーマイン carmine(和名は紅,くれない。漢名は洋紅,yanghong)、クリムソン crimson(和名は臙脂色,えんじいろ。漢名は胭脂紅,yanzhihong)などを作る。
 日本には、近世に入ってから中国から輸入され、生臙脂
(ショウエンジ)と呼ばれ、加賀友禅などに用いられた。

carmine


crimson

 今日では、単に臙脂といえばコチニールを指すことが多い。
 なお、ツルムラサキの獎果から採る紫色を、胡臙脂と呼んだ。
 
 『万葉集』に紅(くれなゐ)を詠う歌は、文藝譜を見よ。
 いくつか例示すれば、直接ベニバナを詠ったものに、

   紅の 花にしあらば 衣袖
(ころもで)に 染め着け持ちて 行くべく念ほゆ (11/2827,読人知らず)
   外にのみ 見つつ恋せむ 紅の 末採む花の 色に出でずとも
(10/1993,読人知らず)

 紅は若い女性を象徴した。

   桃の花 紅(くれなゐ)色に にほひたる 面輪のうちに
   青柳の 細き眉根を 咲みまがり 朝影見つつ をとめらが ・・・
     
(19/4192,大伴家持)
   ・・・ 紅の いろもうつろひ ぬばたまの 黒髪変り 朝の咲み 暮(ゆふべ)かはらひ ・・・
     
(19/4160,大伴家持。世間の無常を悲しぶる歌)
   をかみがは
(雄神川) くれなゐにほふ をとめらし
     葦附
(あしつき)とると 湍(せ)にたたすらし (17/4021,大伴家持)

 ベニバナで染めた紅(くれなゐ)色について、

   春はもえ 夏は緑に 紅の 綵色(しみいろ)に見ゆ 秋の山かも (10/2177,読人知らず)
   紅の 薄染め衣 浅らかに 相見し人に 恋ふるころかも (11/2966,読人知らず)
   紅の 深染(こぞめ)の衣 色深く 染みにしかばか 遺(わす)れかねつる (11/2624,読人知らず)
   紅の 深染の衣を 下に着ば 人の見らくに にほひ出でむかも (11/2828,読人知らず)
   呉藍の 八塩の衣 朝な旦な 穢(な)れはすれども いやめずらしも (11/2623,読人知らず)
   くれなゐは うつ(移)ろふものそ つるはみ(橡)
     な
(馴)れにしきぬ(衣)に なほし(若)かめやも (18/4109,大伴家持)

 紅染めの服を詠って、

   黒牛がた(潟) 塩干の浦を 紅の 玉裙(も)すそひき 往くは誰が妻 (9/1672,読人知らず)
   立ちて念
(おも)ひ 居てもそ念ふ 紅の 赤裳すそ引き い(去)にしすがたを (11/2550,読人知らず)
 
 『古今集』に、

   人しれず おもへばくるし 紅の すゑつむ花の いろにいでなむ
(よみ人しらず)
   紅の はつ花ぞめの 色深く おもひし心 われわすれめや
(同)
   紅に 染し心も たのまれず 人をあくには うつるてふなり
(同)
     
(紅は、灰汁で洗うと色がさめると言う)
 
 紫式部『源氏物語』では、「末摘花」は巻名となった。
 江戸時代には、紅の利用が一般化し、ベニバナは現在の山形県最上川中流域が名産地となった。しかし今日では染色用・薬用ともに需要が減り、栽培は少なくなっている。

   行すゑは誰
(たが)肌ふれむ紅粉(べに)の花 (芭蕉,1644-1694)
   眉掃を面影にして紅の花 
(「出羽の最上を過て」,芭蕉,『猿蓑』1691)
 
 今日では、種子からサフラワー油をとるために栽培することが多く、主産地は中国・米国(カリフォルニア)
 山形県の県の花。

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