辨 |
和語で古来クワイと呼んだものに2つの植物がある。
くわい(白ぐわい): 漢名を慈姑(ジコ,cígū)というもの、すなわちオモダカ科の
クワイ Sagittaria trifolia(慈姑,ジコ,cígū)
黒ぐわい: 漢名を烏芋(ウウ,wūyù)というもの、すなわちカヤツリグサ科の
オオクログワイ Eleocharis tuberosa(荸薺,ボツセイ,bíqí)
(正確にはその日本における代用品 クログワイ E. kuroguwai)
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YList によれば、Sagittaria trifolia には、次のような種内分類群がある。
オモダカ S. trifolia(S.trifolia var.angustifolia;野慈姑・狹葉慈姑)
『中国雑草原色図鑑』283・『中国本草図録』Ⅴ/2386・『週刊朝日百科 植物の世界』11-152
クワイ 'Caerulea' (S.sagittifolia subsp.leucopetala var.edulis,
S.sagittifolia subsp.leucopetala, S.trifolia var.edulis,
S.trifolia subsp.leucopetala)
ヤエオモダカ 'Plena'
シナクワイ 'Sinensis' (S.trifolia var.sinensis;慈姑) 長江以南に産
ホソバオモダカ f. longiloba
ヒトツバオモダカ var. alismifolia
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オモダカ属 Sagittaria(慈姑 cígū 屬)については、オモダカ属を見よ。 |
訓 |
和名のクワイの語源についての諸説は『日本国語大辞典 第二版』を参照。
大槻文彦は、「葉ノ食破(クヒワ)レ藺(ヰ)ノ意カト云、或云、葉ノ形钁(クハ)ニ似タル藺ノ意ナリト、サレド假名遣、違ヘリ」と(『言海』)。
牧野の説は、クワイの條に「和名くわゐハ按ズルニ蓋シ食ヒ得ベキゐ(燈心草)ノ意ニシテ元來ハ今日謂フくろぐわゐ(かやつりぐさ科)ノ名ナリシナラン、而シテ後之レガ慈姑ノ名ニ轉用ナサレシナラン乎、くわゐヲ葉形ニ基キ嚙ヒ破レ葉ノ義ニ採ルハ中ラズト考フ」とあり、 クログワイの條には「和名ハ黑ぐわゐニシテ其黑褐色ヲ呈セル塊莖ニ基キテ云ヒ且慈姑ノ古名白ぐわゐニ對シテ云フ、古名くわゐノゐハ燈心草ノ意ニシテ其稈形ニ基ケルナランモ其くわノ意ハ分別ナラズ」と(『牧野日本植物図鑑』)。
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小野蘭山『本草綱目啓蒙』慈姑に、「クワヰ和名鈔 クワヱ シログワヰ ツラワレ越前」と。クログワイの訓をも参照。 |
漢名慈姑(ジコ,cígū)は、「一根 歳に十二子を生ず。慈姑の諸子を乳(ハグク)むが如し。故に以て之に名く。茨菰に作るは非なり」(『本草綱目』)。 |
説 |
中国原産、野生のオモダカから作られた栽培植物。地下の塊茎を食用とし、中国・日本で栽培する。 |
日本への渡来時期は不明。一説に平安時代以前。
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「普通には正円形で外皮の青色を帯びた青クワイが普遍しているが、京阪地方にはやや小さくて楕円形のヒメクワイまたは豆クワイが多く栽培される」(本山荻舟『飲食事典』)。
今日では、クワイの主産地は埼玉県、全国の80%を生産する。 |
誌 |
宮崎安貞『農業全書』(1697)巻5に、栽培法を詳論する。 |
クログワイは生食できるが、クワイはタンニンによるえぐみがあり、生食できない。灰汁で煮て、えぐみを取る。 |
「ゆでて皮を剥き適宜に切って煮含めまたは煮しめ、旨煮にしたりキントンにもする。寄せ鍋の材料には必ず加えられるならいになっており、質が緻密で崩れないので、昔は取手のついたまま硯蓋の細工料理に用いられた。生のままおろし金でおろしたのへ卵・メリケン粉などを加え、適宜の大きさに丸めて沸った胡麻油に投じからりと揚げたものも軽くてよく、・・・また生のまま薄く切って半日くらい風干したのをからりと揚げ、食塩を少々ふりかけてクワイ煎餅とよぶ」(本山荻舟『飲食事典』)。 |
正月のお節料理にクワイを用いるのは、「めが出るように」との縁起担ぎから。 |
「くわいを焼くのは、この頃からのぼくのレパートリーだった。・・・一般には煮ころがしか、あるいは炊きあわせにしかされないこれを、ぼくは、よく洗って、七輪にもち焼き網をおいて焼いたのだった。まるごと焼くのだ。ついさっきまで土の中にいたから、ふーんとくわい独得のにがみのある匂(ニオ)いが、ぷしゅっと筋が入った亀裂から、湯気とともにただようまで、気ながに焼くのだ。・・・ぼくは、この焼きあがったくわいを大きな場合は、包丁で二つに切って皿にのせて出した。小さな場合はまるごと二つ。わきに塩を手もりしておく。これは酒呑みの老師の大好物となった。」(水上勉『土を喰う日々』「一月の章」,新潮文庫版) |