むらさき (紫) 

学名  Lithospermum murasaki (L.erythrorhizon, L.officinale var.japonicum, L.officinale subsp.erythrorhizon)
日本名  ムラサキ
科名(日本名)  ムラサキ科
  日本語別名  ムラサキネ(紫根)、ネムラサキ(根紫)
漢名  紫草(シソウ,zĭcăo)
科名(漢名)  紫草(シソウ,zĭcăo)科
  漢語別名  茈(シ,zĭ)、茈■{艸冠に戻}(シレイ,zilie)、硬紫草
英名  Puccoon
2007/04/12 明治薬科大学薬草園

2006/08/12 薬用植物園

2005/06/21   東京都薬用植物園

2004/08/03   殿ヶ谷戸庭園 (国分寺市南町)

2005/06/04  国立武蔵丘陵森林公園「ムラサキ展」(都市緑化植物園陳列室)



Lithospermum sp            . 
    
2018/07/30 長野県富士見町 入笠山
    標高1800m弱の、向陽の林縁にて 

 ムラサキ科 Boraginaceae(紫草 zĭcăo 科)には、約125-135属2500-2750種がある。

  Actinocarya(Glochidocaryum;錨刺果屬)
甘肅~ヒマラヤに1-2種
    A. tibetica(錨刺果)

  ホタルカズラ属 Aegonychon(梓木草屬)

  Amblynotus(鈍背草屬)
1-2種
    マンシュウルリザクラ A. cinganicus
    ヒメルリザクラA. rupestris(A.obovatus;鈍背草)
黒龍江・モンゴル・シベリア産

  ハリゲタビラコ属 Amsinckia(琴頸草屬)
南北アメリカに約15種 次の3種が日本に帰化
    アラゲムラサキ A. barbata
    ワルタビラコ A. lycopsoides
    ハリゲタビラコ A. tessellata

  ウシノシタクサ属 Anchusa(牛舌草屬) 地中海地方・南西アジアに約35種

  サワルリソウ属 Ancistrocarya(澤琉璃草屬) 
1種
    サワルリソウ A. japonica
 本州岩手県以南・四国・九州の太平洋側に産

  Antiotrema(長蕊斑種草屬)
1種
    A. dunnianum(長蕊斑種草・狗舌草・鐵打苗)
広西・西南産

  Arnebia(軟紫草屬)
アフリカ北部・西&中央アジア・ヒマラヤ・モンゴルに約25-40種
    A. euchroma(Lithospermum euchromum, Macrotomia euchroma;
         軟紫草・新藏假紫草・新疆紫草)『中草薬現代研究』Ⅱp.71・『中薬志Ⅰ』pp.478-484
         
イラン・中央アジア・新疆・ヒマラヤ・チベット産
    A. tschimganica(Lithospermum tschimganicum;天山軟紫草)
中央アジア・新疆産

  トゲムラサキ属 Asperugo(糙草屬)
1種
    トゲムラサキ A. procumbens(糙草)
山西・陝甘・内蒙古から歐洲・北アフリカに産

  ルリヂシャ属 Borago(瑠璃苣屬)

  ハナイバナ属 Bothriospermum(斑種草屬)

  クロキソウ属 Brachybotrys(山茄子屬) 
1種
    クロキソウ B. paridiformis(山茄子)
朝鮮・中国東北・ウスリー産

  イヌムラサキ属 Buglossoides(田紫草屬)

  キバナルリソウ属 Cerinthe(蜜蠟花屬)
地中海地方・南西アジアに6-10種
    キバナルリソウ C. major
地中海地方産

  Chionocharis(蟄紫草屬) 1種
    C. hookeri(蟄紫草)
中国西南・ヒマラヤ産

  ホウザンカラクサ属 Coldenia(雙柱紫草屬)
1種
    ホウザンカラクサ C. procumbens(雙柱紫草)
 臺灣・海南島から旧世界の熱帯・亜熱帯に産

  カキバチシャノキ属 Cordia(破布木屬)
世界の熱帯・亜熱帯に約230-250種
    トゲミノイヌチシャ C. aspera subsp. kanehirae(C.kanehirae;臺灣破布木)
         
琉球・臺灣産
    カキバチシャノキ C. dichotoma(破布木)
         
琉球・臺灣・福建・両広・雲貴・東南&南アジア・ヒマラヤ・オーストラレシア産
    キバナイヌチシャ C. subcordata(橙花破布木)
海南島・東南&南アジア・アフリカ東部に産

  イワルリソウ属 Craniospermum(顱果草屬)
中央アジア・モンゴル・シベリアに5-10種
      incl. Diploloma
    イワルリソウ C. subvillosum(C.echioides, Diploloma echioides;顱果草)
         
カザフスタン・モンゴル・シベリア産

  オオルリソウ属 Cynoglossum(瑠璃草屬・倒提壺屬)

  シベナガムラサキ属 Echium(藍薊屬)
 カナリア諸島・アフリカ・歐亞に約40-60種
    E. candicans(亮毛藍薊)
マデイラ産
    シャゼンムラサキ E. plantagineum
    シベナガムラサキ E. vulgare(藍薊)
         
ヨーロッパ・シベリア産 『週刊朝日百科 植物の世界』2-274

  チシャノキ属 Ehretia(厚殻樹屬)

  ミヤマムラサキ属 Eritrichium(齒緣草屬)
北半球の温帯に約50-90種
      incl. Amblynotus
    E. incanum
      subsp. incanum(鈍葉齒緣草)
朝鮮・黒龍江・内蒙古・極東ロシア産
      ルリザクラ subsp. sichotense(E.sichotense;遠東齒緣草)
朝鮮・ロシア沿海部産
    コウアンルリザクラ E. maackii
一説に E.incanum のシノニム
    ホソバルリザクラ E. mandshuricum(東北齒緣草)『中国本草図録』Ⅵ/2795
         
河北・黒龍江・内蒙古及び中央アジアに産
    E. nipponicumn
      ミヤマムラサキ var. nipponicum
本州中部産
      エゾルリムラサキ var. albiflorum
北海道・樺太産
    E. nanum
アルプス産 『週刊朝日百科 植物の世界』2-279
    E. pauciflorum(E.rupestre;少花齒緣草・石生齒緣草)
華北・甘肅・寧夏・モンゴル・シベリア産
    チシマルリザクラ E. villosum(長毛齒緣草)
         
チベット・中央アジア・モンゴル・歐洲ロシア・シベリア・極東ロシア・アラスカ産

  コゴメスナビキソウ属 Euploca
世界の熱帯・亜熱帯に約100-160種
    ナンカイルリソウ E. bracteata(Heliotropium bracteatum)
濠洲西部産
    オオコゴメスナビキソウ
(クサルリソウ・シロタエルリソウ) E. procumbens
         (Heliotropium procumbens, H.ovalifolium)
小笠原・熱帯アメリカ産

  Gastrocotyle(腹臍草屬)
地中海地方~インドに2-3種
    G. hispida(腹臍草) 北アフリカ・西&中央アジア・カシミールに産

  ミヤマホタルカズラ属 Glandora
地中海地方に8-10種
    ミヤマホタルカズラ G. diffusa(Lithospermum diffusum) イベリア産

  キダチルリソウ属 Heliotropium(天芥菜屬)
      incl. Argusia, Messerschmidia, Tournefortia

  ノムラサキ属 Lappula(鶴蝨 hèshī 屬)
歐亞・北アフリカ・北米西部に約60-70種
    イワムラサキ
(オカムラサキ) L. deflexa(Hackelia deflexa, H.matsudairae,
         Eritrichium deflexum;反折假鶴蝨)
         
北海道・長野県北部・朝鮮から広く北半球の温帯・亜寒帯に産
    L. dielsii(Hackelia brachytuba, Eritrichium brachytubum;
         大葉假鶴蝨・寛葉假鶴蝨)
         
甘肅・四川・雲南・チベット・ヒマラヤ産 『雲南の植物』182
    L. heteracantha(L.echinata var.heteracantha, L.squarrosa var.heteracantha;
         東北鶴蝨・賴毛子)
歐洲・カフカス・シベリア・モンゴル・チベット産
    モウコノムラサキ L. intermedia(中間鶴蝨)
    L. redowskii(卵盤鶴蝨・東北鶴蝨) 『中国本草図録』Ⅵ/2796
          華北・東北・西北・四川・チベット・モンゴル・シベリア・極東ロシア産
    ノムラサキ L. squarrosa(L.echinata, L.myosotis;鶴蝨・藍花蒿・賴毛子・粘珠子)
         
華北・西北から欧亜の温帯に産 『中国本草図録』Ⅳ/1817 ヤブタバコの誌を見よ
    ヒメオカムラサキ L. thymifolia(Hackelia thymifolia, Eritrichium thymifolium;
         假鶴蝨)
黒龍江・甘肅・寧夏・モンゴル・シベリア・中央アジア産

  Lasiocaryum(毛果草屬)
中国西南・ヒマラヤに3-5種
    L. densiflorum(毛果草)
四川・チベット・ヒマラヤ・カシミール産
    L. trichocarpum(雲南毛果草) 四川・雲南産 『雲南の植物』183

  Lepechiniella(翅鶴蝨屬)
中央アジア・ヒマラヤ・モンゴルに約10種
    L. lasiocarpa(Lappula lasiocarpa;翅鶴蝨)
カザフスタン・新疆産

  Lindelofia(長柱瑠璃草屬)
 中央アジア・ヒマラヤ・モンゴルに10種
    L. stylosa(長柱瑠璃草)
甘肅・新疆・中央アジア産

  ムラサキ属 Lithospermum(紫草屬)

  アラゲムラサキ属 Lycopsis(狼紫草屬)

  ハマベンケイソウ属 Mertensia(濱紫草屬)

  Microcaryum(微果草屬)
四川・ヒマラヤに1-3種
    M. pygmaeum(微果草)
四川・シッキム産

  Microula(微孔草屬)
陝甘・四川・青海・四川・雲南・チベット・ヒマラヤ・カシミールに約30-35種
    M. sikkimensis(微孔草) 陝甘・四川・青海・四川・雲南・チベット・ヒマラヤ産 『中国雑草原色図鑑』176
    M. tibetica(西藏微孔草)
チベット産

  ワスレナグサ属 Myostis(勿忘草屬) 約80-100種

  ルリカラクサ属 Nemophila(粉蝶花屬)


  ルリソウ属 Nihon(山琉璃草屬)

  キバナムラサキ属 Nonea(假狼紫草屬)
北アフリカ・歐洲~シベリア・インドに約35-40種
    N. capsica(假狼紫草)
歐洲ロシア・西&中央アジア・モンゴル産
    キバナムラサキ N. lutea
東歐・西アジア産

  ハナルリソウ属 Omphalodes(臍果草屬)
南&東歐洲・西アジアに約10種
    シロウメソウ O. linifolia(Iberodes linifolia)
フランス・イベリア産
    ハナルリソウ O. verna アルプス・アペニン・トランシルバニアアルプス産 

  Omphalotrigonotis(皿果草屬)
長江下流域に1-2種
    O. cupilifera(皿果草)
安徽。浙江・江西・湖南・広西産

  Onosma(滇紫草屬)
 地中海地方~ヒマラヤ・中国に約150-250種
    O. conferta(密花滇紫草) 四川・雲南産 『中国本草図録』Ⅷ/3769・『雲南の植物』183
    O. hookeri
      var. hookeri(細花滇紫草)
チベット・ヒマラヤ産
      var. longiflorum(長花滇紫草・西藏紫草・山紫草・哲磨)
         チベット産 『中国本草図録』Ⅴ/2269・『週刊朝日百科 植物の世界』2-271
    O. multiramosa(多枝滇紫草) 四川・雲南・チベット産 『中国本草図録』Ⅷ/3770
    O. paniculata(滇紫草・大紫草)
四川・雲南・貴州・ヒマラヤ産
        『中薬志Ⅰ』pp.478-484、中草薬現代研究』Ⅱp.71『中国本草図録』Ⅴ/2270

  イヌミヤマムラサキ属 Plagiobothrys 南北アメリカ・カムチャツカ・濠洲に約65種
      incl. Allocarya
    イヌミヤマムラサキ P. orientalis(Allocarya orientalis)
         
カムチャツカ・アラスカ・カナダ産
    ヒナムラサキ O. scouleri
USA・カナダ産
    アメリカキュウリグサ P. stipitatus
USA西南部産

  ハイゾウソウ属 Pulmonaria(肺草屬)
歐洲からシベリア・華北に約17種
    ハイゾウソウ P. officinalis(藍花肺草)
歐洲産

  Rochelia(孿果鶴蝨屬)
北アフリカ・歐洲・西&中央アジア・モンゴルに約20種
    R. bungei(R.retorta;孿果鶴蝨)
中央アジア・モンゴル産

  Rotula(輪冠木屬)
世界の熱帯・亜熱帯に2-3種
    R. aquatica(輪冠木)
雲南・貴州及び世界の熱帯に産

  Sinojohnstonia(車前紫草屬)
    S. chekiangensis(Omphalodes chekiangensis;浙贛車前紫草)
山西・陝西・湖南・江西・浙江産
    S. plantaginea(車前紫草)
甘肅・四川産

  Solenanthus(長蕊瑠璃草屬)
地中海地方・西&中央アジア・ヒマラヤに10-27種
    S. circinnatus(長蕊瑠璃草)
西&中央アジア・ヒマラヤ産

  オニムラサキ属 Stenosolenium(紫筒草屬)
1種
    オニムラサキ S. saxatile(Arnebia saxatilis;紫筒草)
華北・東北・西北・モンゴル産
         『中国雑草原色図鑑』177・『中国本草図録』Ⅵ/2797

  ヒレハリソウ属 Symphytum(聚合草屬)

  ダイハナイバナ属 Thyrocarpus(盾果草屬)
朝鮮・臺灣・中国・ベトナムに3種
    T. glochidiatus(彎齒盾果草)
河南・陝甘・四川・安徽・江蘇・江西・広東産
    ダイハナイバナ T. sampsonii(盾果草)
         臺灣・華東・両湖・両広・河南・陝西・西南産 『中国本草図録』Ⅹ/4813

  Tournefortia(紫丹屬)

    T. montana(紫丹)
広東・雲南・インドシナ・ヒマラヤ産

  ルリホオズキ属 Trichodesma(毛束草屬)
旧世界に約40-50種
    ルリホオズキ T. calycosum(毛束草)
雲南・貴州・インドシナ・ヒマラヤ産

  キュウリグサ属 Trigonotis(附地菜屬) 約60種
   
 ムラサキ属 Lithospermum(紫草 zĭcăo 屬)には、歐亞・アフリカ・南北アメリカに約70-80種がある。

  L. hancockianum(石生紫草)
貴州・雲南産
  ムラサキ L. murasaki(L.erythrorhizon, L.officinale var.japonicum, L.officinale
         subsp.erythrorhizon;紫草・紫丹・地血)
  セイヨウムラサキ L. officinale(白果紫草・硬根紫草)
   
 和語むらさきとは、本来この草の名。語義は、叢咲であろう。
 のちに、この草の根で染めた色をも、むらさきと呼んだ。
 深江輔仁『本草和名』(ca.918)紫草に、「和名无良佐岐」と。
 源順『倭名類聚抄』
(ca.934)紫草に「和名無良散岐」と。
 小野蘭山『本草綱目啓蒙』8
(1806)に、「ムラサキ ムラサキネ ネムラサキ江戸」と。
 漢語の(シ,zĭ)は、ある色彩、つまりむらさき色の名。
 李時珍『本草綱目』
(ca.1596)紫草の釈名に、「此の草、花は紫、根も紫、以て紫を染むべければ、故に名づく」とある。当時の紫草は、白花を開くムラサキだけではなく、紫色の花を開く種類も含んでいたものであろうか。
 漢語のの字には、2音がある。
 茈(シ,zĭ)と読むときは、植物のムラサキ、茈草・茈■{艸冠に戻}(シレイ,zĭlì)とも謂う。茈葳(シイ,zĭwēi)と熟してノウゼンカズラ、茈菀(シエン,zĭwăn)と熟してシオン、茈薑(シキョウ,zĭjiāng)と熟してミョウガ
 茈(サイ,chái)と読むのは、茈胡(サイコ,cháihú)と熟する場合。柴胡(サイコ,cháihú)を見よ。

 なお、紫〔糸+此〕、茈〔草+此〕、柴〔木+此〕は、みな同族の字。
 北海道・本州・四国・九州・朝鮮・華北・遼寧・陝甘・山東・江西・両湖・広西・貴州・四川・極東ロシア・シベリアに分布。
 日本では絶滅危惧IB類、埼玉県では野生絶滅(1962年以来自生品の記録が無い)
 その原因は、古来実用植物として乱採したこと、近年の宅地開発、そして栽培の困難さである。
 昭和34年(1959)当時、「今は東京附近では三ツ峠、大山、丹沢山、高尾山、高木山(奥多摩)、野辺山(長野)、軽井沢附近に少し残っている程度であるが、北海道や東北地方の草原には今でもかなり自生し特に岩手県に多い」と記されたことがある(松田修『日本の花』社会思想社、教養文庫)が、それからちょうど半世紀が経って、今は如何であろうか。
 今日では、国営武蔵丘陵森林公園などで栽培保存の試みが為されている。
 根は 色素シコニン shikonin を含み、暗紅紫色をしている。
 根は 薬用にし、中国薬典では紫草(シソウ,zicao)、日本薬局方ではシコン(紫根)と呼ぶ。
 中国では、
   ムラサキ L. erythrorhizon (紫草)
   L. euchromum(Macrotomia euchroma;新疆紫草) 
新疆の高山に産。
などの根を、紫草と呼び 薬用にする。
(『中薬志Ⅰ』pp.478-484・『全国中草薬匯編』・『中草薬現代研究』Ⅱp.71)
 根は、また 紫色の染色に用いる。
 その色を、日本語でむらさき、漢語で紫色 zise といい、英語の purple に当る。
 中国では、賈思勰『斉民要術』(530-550)巻5に、ベニバナクチナシアイの植え方に続いて「種紫草(ムラサキの植え方)」を載せる。以て染料としての栽培が知られる。
 日本では、紫草染の方法は、「紫染には出来るだけ新しい紫根をお湯の中で揉んで、紫の色素を抽出するか、大量の場合は紫根を臼に入れて熱湯を注ぎ杵でつきつぶして、色素を取り出します。こうして得た紫根の液にあらかじめ椿ヒサカキの灰汁に浸け、乾かしておいた糸や裂地を浸けて染め上げます。濃色にする場合は染液に浸けては乾かす工程を何回も繰返します。また灰汁の使い方によって、赤味になったり青味になったりします」(北村哲郎 『日本の染物』 源流社、2000)
 『万葉集』巻12/3101の、

   紫は灰指す物ぞ
     海石榴市
(つばいち)の八十(やそ)の街(ちまた)にあひし児(こ)や誰(たれ)

という歌は、ムラサキから紫色を染めるときに ツバキの灰汁を用いることを 謳いこんだもの。
 ムラサキは、古くから染料用に栽培された。
 天智天皇7年(667)5月5日、宮廷の人々は、近江の蒲生野(滋賀県蒲生郡安土町)にしめ縄を張って囲った「紫野」において、薬草狩りを行っている。
 『万葉集』巻1/20;21 には、その折に 大海人皇子(おおあまのみこ,?-686,のちの天武天皇,在位673-686)と その最初の妻であった額田王(ぬかたのおおきみ)との間で取り交わされた、次のような歌が載せられている。

   茜草(あかね)さす むらさき野行き 標野(しめの)行き
     野守(のもり)は見ずや 君が袖ふる
   紫草(むらさき)の にほへる妹(いも)を にくく有らば
     人嬬
(ひとづま)故に 吾恋ひめやも
 
 『延喜式』(927)には、甲斐・相模・武蔵・下総・常陸・信濃・上野・下野など、関東甲信一帯がムラサキの産地として記されている。
 「紫草は根に栄養分を蓄え越年するので、土の養分を沢山吸収しますから、同じ畠での連作は出来ず、二年ぐらい土の養分の回復を待たなければなりません。したがって、紫草の栽培には広い土地が必要となり、大変むずかしかったようです。紫根染が貴重視され、珍重されてきたのには、一つにそんな理由があったからのようです」(北村 『前掲書』)
 『万葉集』に詠われる紫の歌は、文藝譜を見よ。代表的なものに、

   紫の 綵色
(しみ)の蘰(かづら)の 花やかに
     今日見る人に 後恋ひむかも
(11/2993,読人知らず)
   から人の 衣染むとふ 紫の
     情
(こころ)に染みて 念(おも)ほゆるかも (4/569,麻田連陽春)
   託馬野
(つくまの)に 生ふる紫 衣に染め
     未だ服
(き)ずして 色に出でにけり (3/395,笠郎女)
   紫の 我が下紐の 色に出でず
     恋ひかも痩せむ あふよしを無み (12/2976,よみ人しらず) 
 『古今集』に、

   こひしくば したにをおもへ 紫の ねずりの衣 色にいづなゆめ
(よみ人しらず)

 『亭子院歌合
』(913.3.13)に、

  風吹けば おもほゆるかな 山ぶきの 岸の藤浪 今や咲くらん
 (兼覧王)
  かけてのみ 見つゝぞ忍ぶ 紫に いくしほ染めし 藤の花ぞも
 (凡河内躬恒)
  みなそこに 沈めるはなのいろみれば 春の深くも なりにけるかな
 (坂上是則)

 『新古今集』に、

   かずがのの 若紫の すり衣 忍ぶの乱れ かぎりしられず
(在原業平; 伊勢物語にも)
   むらさきの 色に心は あらねども 深くぞ人を 思ひそめつる
(醍醐天皇)
 
 平安時代武蔵野の名花として、ムラサキが意識された。

   紫の ひともと故に むさし野の 草はみながら あはれとぞ見る
     
(読み人しらず、『古今和歌集』ca.913)

とある。この歌は、「武蔵野、一本の紫、ゆかりの人」という連携したイメージを人々に植えつけ、以下に挙げるような歌を生み出した。

   むらさきの 色こき時は めもはるに 野なるくさ木ぞ わかれざりける
     
(在原業平(825-880)、『古今集』17・『伊勢物語』41)
   武蔵野に いろやかよへる 藤の花 若紫に そめて見ゆらん
     
(『亭子院歌合』913)
   武蔵野は 袖ひつ許 わけしかど わか紫は たづねわびにき
     
(よみ人しらず、『後撰集』ca.955-958)
   紫の 色にはさくな むさしのの 草のゆかりと 人もこそしれ
     
(藤原高光(941-994)、『拾遺和歌集』)
   むさし野の ゆかりの色も とひわびぬ みながら霞む 春の若草
     
(藤原定家(1162-1241)、『最勝四天王院障子和歌』1207)
   さらに又 つまどふくれの 武蔵野に ゆかりの草の 色もむつまし
     
(藤原(西園寺)公経(1171-1244)、『千五百番歌合』1202-1203)
 

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