辨 |
ヒエ属 Echinochloa(稗 bài 屬)は、世界の暖地に30-40種がある。
コヒメビエ(ワセビエ) E. colonum(光頭稗・芒稷)
熱帯アジア原産。『中国雑草原色図鑑』300
イヌビエ(広義) E. crus-galli 種としては広く歐亞・アフリカに産
ケイヌビエ var. aristata(E.caudata, E.crus-galli var.caudata;長芒稗)
ホソバイヌビエ var. austro-japonensis(小旱稗)
イヌビエ var. crus-galli (稗)
ヒメタイヌビエ var. formosensis(E.crus-galli var.kasaharae,
E.glabrescens;硬稃稗)
ヒメイヌビエ var. praticola(E.crus-galli var.caudata f.praticola;細葉旱稗)
E. cruspavonis(E.crus-galli var.crus-pavonis, E.aristata;孔雀稗)
福建・廣東・貴州・インドシナ・アッサム・インド・アフリカ産
ヒエ E. esculenta(E.frumentacea subsp.utilis, E.utilis, E.crus-galli subsp.utilis;
紫穗稗)
インドビエ E. frumentacea(湖南稗子 húnánbàizi)
E.colonum の栽培品種 インド・アフリカ産
ノゲタイヌビエ E. hispidula(E.crus-galli var. hispidula,
E.crus-galli var.riukiuensis;旱稗)
E. muricata(糙穗稗) 北米産
タイヌビエ E. oryzicola (E.crus-galli subsp.oryzicola;稻稗・水田稗)
水田の雑草。『中国雑草原色図鑑』301
E. oryzoides(E.crus-galli var.oryzoides;水田稗)
フィリピン・臺灣・江蘇・安徽・河北・雲貴・中央アジア・カフカス産
E. stagnina(Panicum stagninum) 熱帯アジア・アフリカ産
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イネ科 Poaceae(Gramineae;禾本 héběn 科)については、イネ科を見よ。
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訓 |
漢土において古来穀物を表してきたさまざまなことば(文字)については、五穀を見よ。
ただし、ヒエは五穀より味が落ちるため 古来稲田の雑草扱いされてきた(『左傳』杜預注に「草の穀に似たる者也」と)。
稗(ハイ,bài)の字は、卑(ヒ,bēi)に卑小の意味を含む。
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源順『倭名類聚抄』(ca.934)薭に、「和名比衣」と。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』19(1806)に、「穇子 ヒヱ」、「稗 ノビヱ」と。 |
「和名ひえハ日毎ニ盛ンニ茂レバ日得ノ義ナリト謂ハルレドモ果シテ然ル乎否乎、或ハひえハ稗ノ字音ヨリ出デシ語えハひヲ伸ベ補ヒシ音ナリト謂フハ果シテ信乎」(『牧野日本植物圖鑑』)。
諸々の語源説については『日本国語大辞典 第二版』を見よ。 |
種小名の esculentus は「食用の」、utilis は「有用の」。 |
説 |
旧来 栽培種のヒエはインド起源とされてきた。
2005/08/05閲読した東大農園の解説板では、栽培展示するヒエを Echinochloa frumentacea とし、次のように解説していた。「原型は野原や畑の雑草として生えるノビエ,あるいは水田の雑草のミズビエと考えられている.インドではヒエが古くから栽培されており,その種類も多いことから,インドが発祥の地と考えられ,そこから東西に伝わったとされるが,中国や日本のヒエはインドのヒエとは独立に別の野生種から起源したとする説もある.(云々)」
今はインドのヒエ E.frumentacea と東アジアのヒエ E.esculenta を区別し、後者を東アジア温帯の照葉樹林帯起源とする説が強い。
「ヒエ類(Echinochloa spp.)はインドで栽培化された種類〔E.frumentacea〕と、サバンナ農耕文化がさらに東北にすすんで、照葉樹林帯の温帯地域に達したときにそこで栽培化され、日本にまで伝播した別の種類〔E.utilis〕との二群がある。この二群は、染色体数は同じだが、ゲノム構成が異なっている〔前者はE'E'C'C'LL=54、後者はEEOOCC=54〕」(中尾佐助『栽培植物と農耕の起源』1966,〔〕内は筆者)。
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日本には縄文時代に渡来し、アワとともに稲作以前からの古い穀物。 |
誌 |
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ヒエは、五穀より味が落ちるため 古来雑草扱いされてきたとはいうものの、収量が多いことからきわめて有益な救荒作物であった。 |
日本では、実を米と混ぜて炊くほか、団子・餅・飴などにして食い、また味噌・醤油の原料とする。
宮崎安貞『農業全書』(1696)に、「五穀の類」の一として「稗」をあげ、
「ひゑに水陸の二種あり。是尤いやしき穀といへども、六穀の内にて下賤をやしなひ、上穀の不足を助け、飢饉を救い、又牛馬を飼ひ、殊に水旱にもさのみ損毛せず、田稗は下き沢などの稲のよからぬ所に作るべし。畑びゑは山谷のさがしく、他の作り物は出来ざる所にやきうちなどして多く作れば、利を得る物なり。・・・又云く、是下品の穀にして、世人賤しめ軽しむといへ共、なみなみの地にも能くいでき、実多く飯にし、粥にし、餅に作り、其功粟にもさのみ劣らざるものなり。・・・」(岩波文庫本)と。 |
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『日本書紀』神代第5段一書第11に、保食神(うけもちのかみ)に関わる五穀の起源説話が載る。 |
『万葉集』では、穀物であるよりは 雑草である。
水を多み あげ(高田)に種蒔く ひえ(稗)を多み 択擢(えら)ゆる業(なり)そ 吾が独り寝(ぬ)る
(11/2999,読人知らず)
打つ田には稗は数多有りといえど択らえし我そ夜を一人宿(ぬ)る (11/2476,読人知らず)
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粟稗にまづしくもなし草の庵 (芭蕉,1644-1694)
新田に稗殻煙るしぐれかな (昌房,『猿蓑』1691)
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