とうようらん (東洋蘭)
辨 |
ラン科 ORCHIDACEAE(蘭科) シュンラン属 Cymbidium(蘭屬)のうち、東アジアに産するものを東洋蘭と呼び、次のようなものがある。
C. aloifolium(C.pendulum;紋瓣蘭・硬葉吊蘭・劔蘭・樹茭瓜) 『中国本草図録』Ⅷ/3950
アキザキナギラン C. aspidistrifolium(C.japonicum var.aspidistrifolium,
C.bambusifolium, C.lancifolium var.aspidistrifolium)
スゲラン C. cochleare(C. babae;垂花蘭)
C. cyperifolium(沙葉蘭・套葉蘭)
ヘツカラン(カンポウラン) C. dayanum(C.alborubens, C.dayanum subsp.leachianum,
C.dayanum var.austrojaponicum;
冬鳳蘭・夏鳳闌・垂蘭)
C. eburneum(獨占春・龍州蘭)
スルガラン(オラン・ギョクチンラン) C. ensifolium(C.gyokuchin, C.koran, C.shimaran,
C.yakibaran,C.ensifolium var.rubrigemmum, C.ensifolium var.misericors,
C. ensifolium var.arrogans;
建蘭・彩心建蘭・秋蘭・八月蘭・官蘭;E.Cymbidium) 『中国本草図録』Ⅳ/1948
※ ソシンラン var. sushin(C.gyokuchin var.soshin;素心建蘭)
C. erythraeum(長葉蘭)
イッケイキュウカ C. faberi(C. oiwakensis, C.scabroserratum;
蕙蘭・九子蘭・九節蘭・雲南美冠蘭・土百部・化氣蘭)
臺灣・漢土(陝甘以南)・チベット・ヒマラヤ・ミャンマー産
キンリョウヘン C. floribundum(C. pumillum;多花蘭・夏蘭)
『雲南の植物Ⅱ』270・『中国本草図録』Ⅱ/0945
シュンラン C. goeringii(C.virescens, C.virens, C.forrestii;
春蘭・朶朶香・草蘭・山蘭)
中国の春蘭を、シナシュンラン C.forrestii とすることがある。
ホソバシュンラン var. gracillimum(var.angustatum, var.serratum,
C. formosanum var.gracillimum;綫葉春蘭)
var. longibracteatum(春劔)
C. hookerianum(C.giganteum var.hookerianum, C.grandiflora;
虎頭蘭・靑蟬蘭) 『雲南の植物Ⅱ』270
var. lowianum(碧玉蘭)
C. insigne(美花蘭) インドシナ高地産
カンラン C. kanran(C.kanran var.purpureohiemale, C.linearisepalum;
寒蘭) 『雲南の植物Ⅱ』272
コラン C. koran
C. lancifolium(C.javanicum;兔耳蘭・二葉蘭)『週刊朝日百科 植物の世界』9-134
オオナギラン var. syunitianum
マヤラン C. macrorhizon(C. nipponicum sensu Makino;腐生蘭)
ナギラン C. nagifolium 一説に C.lancifolium のシノニム
ホシガタナギラン f. conforme
サガミラン C. nipponicum(C.sagamiense, C.macrorhizon var.aberrans, C.aberrans)
一説にマヤラン C.macrorhizon のシノニム
ハルカンラン C. × nishiuchianum
ナギノハヒメカンラン C. × nomachianum
ホウサイラン C. sinense(C.hoosai, C.yakusimense;墨蘭・報春蘭・豐歳蘭・報歳蘭)
『中国本草図録』Ⅲ/1447
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上記に対して、シュンラン属の植物のうち、熱帯産のものを西洋で改良したものを、洋蘭・シンビジウムと呼びならわす。 |
訓 |
漢語では、蘭の字は 香りの高い草を意味する〔蘭=lan=香り高い草〕が、具体的には、時代により指すものが異なる。すなわち、
1. 唐以前においては 蘭は キク科ヒヨドリバナ属 Eupatorium(澤蘭屬)の草本、ことにはフジバカマを指す〔蘭=lan=フジバカマ〕。
2. 宋以後においては 蘭は ラン科 Orchidaceae(蘭科)の植物、今日のいわゆるランを指す〔蘭=lan=ラン〕。
今日の漢語では、Eupatorium を蘭草、Orchidaceae を蘭花、と呼んで区別する。
以上の蘭は草本であるが、漢人は香りの高い木も 木蘭(ボクラン,mulan,木本の蘭)と認識した〔蘭=lan=香り高い木〕。具体的には、今日のハクモクレンであるという〔蘭=lan=ハクモクレン〕。
『楚辞』「離騒」に、「朝(あした)には■{阜偏に比}(おか)の木蘭を搴(と)り、夕には洲の宿莽(シュクボウ)を攬(と)る」、「朝に木蘭の墜露を飲み、夕に秋菊の落英を餐(くら)う」とあるなど。
ハクモクレンの材は、宮殿の建築や造船に用いた。その船を木蘭舟という。 |
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日本における蘭の字義は、次のような変遷をたどった。
1. 最も古くは、あららぎの漢字に蘭をあてた。あららぎは「まばらに生えるネギ」の意で、ノビルを指す〔蘭=あららぎ=ノビル〕。 (ノビルの誌を見よ。)
源順『倭名類聚抄』(ca.934)に、蘭■{艸冠に鬲}は「和名阿良々木」と。 |
2. 平安時代には、蘭(らん・らに・らむ)はフジバカマを指すことが、認識された〔蘭=らん・らに=フジバカマ〕。
深江輔仁『本草和名』(ca.918)に、蘭草は「和名布知波加末」、沢蘭は「佐波阿良々岐、一名阿加末久佐」と。
源順『倭名類聚抄』(ca.934)に、蘭は「和名本草云布知波賀万、新撰万葉集別用藤袴二字」、沢蘭は「和名佐波阿良々木、一云阿加末久佐」と。
なお、この沢蘭の訓に見るように、1と2が混線して〔蘭=あららぎ=フジバカマ〕として用いられたことがある。 |
3. 鎌倉・室町時代になると、中国からホウサイラン・ソシンランなどが入って、日本・中国に産するランを栽培・鑑賞するようになり、その風は江戸時代の享保(1716-1736)・天明(1781-1789)のころ極まった。この時代、蘭はもっぱらランを指した〔蘭=らん=ラン〕。
4. 明治以降、イギリス・フランスから洋ランが入ったが、栽培が難しく一般化しなかった。第二次世界大戦後ようやく普及し、1970年ころから商業ベースに乗って流行し、今日に至る。現在では、蘭(ラン)はもっぱら洋ランを指すことが多くなり〔蘭=らん=洋ラン〕、旧来の日本・中国のランは東洋ランと呼んで区別する。
平安時代以来、次のような成句が行われた。
蘭橈桂檝(ランジョウ ケイシュウ, 蘭の棹と 桂の舵)、舷(ふなばた)を東海の東に鼓(たた)く
(大江朝綱,949作)
蘭橈桂檝、舷を南海の月に敲(たた)く
(『太平記』12,14c.後半)
中国の木蘭・木蘭舟のイメージを嗣ぎ、〔蘭=らん=香り高い木〕の意で 美称として用いるものであり、特定の樹種を指すものではあるまい。
しかし、これが後に混線し、今日の各地の方言に残る〔(蘭=)あららぎ=イチイ〕を導いたものであろうか。 |
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説 |
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誌 |
夜の蘭香(か)にかくれてや花白し (蕪村,1716-1783)
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