辨 |
クズ属 Pueraria(葛 gé 屬)には、主としてアジア熱帯~温帯に約20種がある。
P. alopecuroides(密花葛) 雲南・タイ・ミャンマー産
P. calycina(黃毛萼葛) 雲南産
P. edulis(食用葛藤・葛藤) 四川・雲南産
P. lobata
クズ subsp. lobata(P.montana var.lobata;野葛・葛藤・葛)
シナクズ subsp. thomsonii(P.thomsonii, P.montana var.chinensis;甘葛藤・粉葛)
琉球・臺灣・漢土・フィリピン・インドシナ・ミャンマー・インド・ヒマラヤに分布。
『中国本草図録』Ⅵ/2688、『中草薬現代研究』Ⅰp.259 『全国中草葯匯編』上/830
タイワンクズ P. montana(P.lobata var.montana;越南葛藤・葛麻姆・山葛藤・山葛)
奄美・琉球・臺灣・漢土・インドシナ・インドネシアに分布。『中国本草図録』Ⅳ/1701
P. omeiensis(峨嵋葛) 『全国中草葯匯編』上/830
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マメ科 Leguminosae(Fabaceae;豆 dòu 科・荳科)については、マメ科を見よ。 |
訓 |
「くず(葛) 〔國栖葛(クズカヅラ)ノ略ニテ、吉野ノ國栖ノ産ヲ最トスルヨリ呼ベルカト云〕 クズカヅラ」(『言海』)。
「和名くずハくずかづらノ略ト謂フ、又くずハ大和ノ國栖(くず)ニ起因シ往昔國栖人ノ葛粉ヲ製シテ賣リ來リシ故自然ニくずト云フ樣ニ成リシト謂ハル」(『牧野日本植物図鑑』)。 |
『本草和名』に、葛根は「和名久須乃祢」と、鹿藿は「和名久須加都乃波衣」と。
『延喜式』葛根に、「クスノネ」と。
『倭名類聚抄』葛に、実は「和名久須加豆良乃美」、根は「和名久須加豆良乃禰」と。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』14(1806)葛に、「クズ マクズ古歌 クゾ南部 カヅネ筑前 イノコノカネ備後」と。 |
説 |
北海道・本州・四国・九州・奄美・朝鮮・臺灣・漢土・フィリピン・インドネシア・ニューギニアに分布。
広く世界の温帯に移植されて野生化しており、日本では沖縄に帰化している。
アメリカ・中国などで牧草として、また堤防補強・砂漠緑化などの目的で植えらているが、繁殖力がきわめて強いので、しばしば(ex. 1930s米国に導入されたものなど)手に負えない雑草と化している。 |
地下に、大きなものは30kgに達する根塊(葛根と呼ぶ)を持ち、ここに澱粉を蓄える。 |
誌 |
中国では、綿花を栽培する(宋代以降)ようになる前は、葛布(カツフ,gébù)は夏服の素材であり、クズは重要な繊維植物であった。例えば、『越絶書』に「(越王)句践種葛、使越女織治葛布、献于(呉王)夫差」と。また、葛の繊維で作った靴は葛屨(カツク,géjù)と呼ばれた。
巨大な葛根(カッコン,gégēn)やそれから採った澱粉は 薬用・食用とし、嫩葉は蔬菜とし、茎葉は牛馬の飼料とし、葛花(葛條花)は薬用にした。『中薬志』Ⅰpp.495-497・Ⅲpp/388-389、『中草薬現代研究』Ⅰp.258、『(修訂) 中葯志』V/321-328 『全国中草葯匯編』上/829-830
葛根湯(カッコントウ,gégēntāng)は、葛根・麻黄・大棗・生姜・芍薬・桂皮・甘草を混ぜて煎じたもの。
変ったところでは、茎を搾った葛汁や花を、酒酔いの予防としあるいは二日酔の薬とした。
なお日本では、生薬カッコンは クズの周皮を除いた根である(第十八改正日本薬局方)。 |
『詩経』国風・周南・葛覃(かつたん)に、「葛の覃(の)びて、中谷に施(うつ)る、維(これ)葉莫莫たり、是(ここ)に刈り是に濩(に)て、絺(ち)と為し綌(げき)と為し、之を服して斁(いと)ふ無し」と。
邶風(はいふう)・旄丘(ぼうきゅう)に、「旄丘の葛、何ぞ誕(おほ)いなる節ある」と。 |
日本でも、クズをさまざまに用いた。
『言海』に、「くず(葛) ・・・實、食フベカラズ、蔓甚ダ強ク、ふぢがうり、又ハ葛布(クズフ)ヲ製シ、又、根ニテ葛粉(クズコ)ヲ製ス」と。 |
本山荻舟『飲食事典』に、「生葉は餅を包んでカシワ餅のように蒸すと風味がよい」と。 |
『言海』に、「くずふ(葛布) 葛ノ蔓ヲ苧(ヲ)トシテ織レル布、蔓ヲ煮テ水ニ浸シ、皮ヲ苧ヲ績ム如ク絲トシテ織ル、或ハ經(タテ)ニ絹絲、或ハ綿絲ヲ加フルモノアリ、能ク水ニ堪フ、雨衣(アマギ)トシ、袴トシ、又衾(フスマ)ナド張ル、遠州掛川ノ邊ヨリ産スルモノ、名アリ」と、「ふぢごろも(葛衣) (一)葛布(クズフ)ニテ製セル衣、古ヘ賤シキ者ナド着タリ。(二)又、葛布ノ喪服ノ稱」と。 |
『言海』に、「くずこ(葛粉) 葛(クズ)ノ根ヲ敲キ、水ニ浸シテ、汁ヲ揉ミ出シ、屢、漉シ、屢、水飛シテ取レル粉、色甚ダ白シ、大和ノ吉野ノ産、最上品ナリ、食用其外、用多シ」と。
「吉野葛」は室町時代以来有名(葛粉の産地としてはほかに和歌山県田辺・新潟県小千谷などがある)、葛粉を用いた料理を「吉野仕立」と呼ぶ。
(ただし、今日葛粉としてて売られているものは、ほとんどはジャガイモの、或はサツマイモの澱粉であるという)。 |

葛粉(長瀞町遍照寺) |
葛粉を水溶きして葛湯・汁物・餡とし、また固形化して葛餅(くずもち)・葛練(くずねり)・葛粽(くずちまき)・葛切(くずきり;葛素麺くずそうめん)などを作る。
『言海』に、「くずゆ(葛湯) 葛粉ニ砂糖ヲ加ヘ、熱湯ヲ注ギテ淡(ウス)ク溶キタルモノ」と。
同じく、「くずねり(葛練) 葛粉ヲ水ニ溶キ、砂糖ヲ加ヘ、煮テ固ク煉リタルモノ。クズモチ。又、うんどんノ如ク製スルヲ葛切(クズキリ)トイフ」と。 |
「クズの根から澱粉をとってクズコを作るのは、うっかりすると日本だけのように考えがちだが、じつはたいへんな誤りである。最近になって、だんだんわかってきたが、クズは南太平洋のメラネシアの島々に案外ふつうに見いだされる。この島々ではクズは人家附近の叢林や、森林の中で以前人間が拓いて、いまは見捨てられた草地などに大群落をつくっている。その生態を簡単にいえば、レリクト・クロップの状態となっている。その附近の原住民は、クズ根の利用は知っていても、救荒植物として、食物の乏しいときにしか利用しない。このメラネシアのクズは日本のクズと同種とみられているが、熱帯高温地では結実しない。これはクズががんらいは温帯植物であって、熱帯では高温障害をおこして結実しないためと考えられる。種子を結ばないクズがメラネシアの島々に伝播したのは、人間がわざわざ運んだためとしか考えられない。それはいまはあまり利用されないが、かつては重要な作物であった時代の存在を推定させる。
メラネシアよりもうすこし北方、つまり台湾とフィリッピンとのあいだの海峡にある紅頭嶼に住むヤミ族は現在でもクズを栽培している。この島ではクズは野生状のものを採集するのと、わざわざ栽培するのと両方がある。この両者のあいだの品種的な差異はまだわかっていない。この島の主食はタローイモであるが、クズもサツマイモとならぶ重要食品である。クズがはっきり農作物である例をこの島で実証できるわけである。
クズはさらにシナの南部から日本にわたって、同じように根から澱粉をとるのに使用されている。クズという植物は温帯植物だから、シナ、日本の場合は不思議でないが、それがメラネシアまで伝播したことは、温帯の原産地でクズ利用を含む文化複合が熱帯に伝播をおこすまえに成立していたことを示すものである。」(中尾佐助『栽培植物と農耕の起源』) |
あん(餡,カン,xiàn)は『言海』に、「あん(餡) 〔字ノ宋音ト云〕 (一)あづきヲ煮テ、擂リテ粉トシ・・・。 (二)轉ジテ、葛粉(クズコ)、又ハ、わらびのこニ、酒、醬油等ヲ和シテ煮テ液トシタルモノ、食物ニ被(カケ)テ用ヰル」と。 |
クズは、山野に、また人里近くに自生し、古来 秋の七草の一として親しまれてきた。 |
『万葉集』に詠われる歌は、文藝譜を見よ。
ここには いくつか例示する。まず、長く延(は)う蔓は、永遠の生命の象徴であった。
・・・延(は)ふ葛の いや遠(とお)永く 萬世に 絶えじと思ひて・・・(3/426,山前王)
はふくず(葛)の た(絶)えずしの(偲)はむ おほきみ(大君)の
み(見)しし野辺には し(標)めゆ(結)ふべしも (20/4509大伴家持)
しかし、無秩序に延びる蔓は、前途不明、離別などを象徴した。
大崎の あり磯(荒磯)の渡(わたり) 延(は)ふくず(葛)の 往方も無くや 恋ひ渡りなむ
(12/3072,読人知らず)
真田葛(まくず)延(は)ふ 夏野の繁く かく恋ひば 信(まこと)吾が命 常ならめやも
(10/1985,読人知らず)
かみつけの(上毛野) 久路保のね(嶺)ろの くずはがた
かな(愛)しけこ(児)らに いやざか(離)りく(来)も (14/3412,読人知らず)
クズは、日常生活の身近に在った。
霍公鳥(ほととぎす) 鳴く音聞くや うの花の
開き落(ち)る岳(をか)に 田葛(くず)引くをとめ (10/1942,読人知らず)
なし(梨)棗(なつめ) きみ(黍)に粟(あは)嗣ぎ 延ふ田葛(くず)の
後もあはむと 葵(あふひ)花咲く (16/2834,読人知らず)
秋にさく花は、秋の七草の一に挙げられた。
秋の野(ぬ)に 咲きたる花を 指(および)折り かき数ふれば 七種(ななくさ)の花
芽(はぎ)が花 を花 葛花 瞿麦(なでしこ)の花
をみなへし また藤袴(ふじばかま) 朝貌(あさがほ)の花
(8/1537;1538,山上憶良。秋の野の花を詠める)
しかし『万葉集』には、クズの花を詠った歌はほかに無い。むしろ、風に靡く葉、晩秋に色づく葉が、詠われる。
水茎の 岡の田葛葉(くずは)を 吹きかへし 面知る児らが 見えぬ比(ころ)かも
(12/3068,読人知らず)
真葛原 なびく秋風 吹くごとに 阿太(あだ)の大野の 芽子(はぎ)の花散る
(10/2096,読人知らず)
雁がねの 寒く鳴きしゆ 水茎の 岡の葛葉は 色づきにけり (10/2208,読人知らず)
我が屋戸の 田葛葉日(け)にけに 色づきぬ 来まさぬ君は 何(なに)情(こころ)そも
(10/2295,読人知らず)
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『古今集』には、
ちはやぶる 神のいがきに はふくずも 秋にはあへず うつろひにけり
(紀貫之「神のやしろのあたりをまかりける時に、いがきのうちのもみぢをみてよめる」)
あき風の 吹うらかへす くずのはの うらみても猶 うらめしき哉 (平貞文)
『後撰集』に、
あしひきの 山したしげく はふくずの 尋てこふる 我としらずや
(兼覧王「人をいひはじめむとして」)
西行(1118-1190)『山家集』に、
やまざとは そとものまくず はをしげみ うらふきかへす 秋をまつ哉
すがるふ(伏)す 木ぐれがしたの くずまきを 吹うらがへす 秋の初風
たま(玉)まきし かきねのまくず 霜がれて さびしく見ゆる ふゆの山ざと
吹風に 露もたまらぬ くずのはの うらがへれとは 君をこそ思へ
『新古今集』に、
神なびの みむろの山の くずかづら うら吹きかへす 秋は来にけり (大伴家持)
人しれず くるしき物は 忍ぶ山 したはふくずの うらみなりけり (藤原清輔)
くずのはの うらみにかへる 夢のよを 忘れがたみの 野べの秋風 (藤原俊成女)
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葛の葉の面見せけり今朝の霜 (芭蕉,1644-1694)
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